ウエストレイはピールが中断された話を本社に伝え、自分自身のためにも早期に塔の検査をしようと固く決意して顔を背けた。
教会事務員は話をしても主任司祭がまともに取り合おうとしないので腹を立てたが、他の人が興味深そうに耳を傾けているのを見て次のようにつづけた。
「そりゃ、この古い塔が倒れるかどうかなんて、わたしにゃ分かりませんし、この先サー・ジョージがお困りになるような事態も望んじゃいませんや。しかし鐘を途中で止めていいことのあったためしがねえんで。先代のブランダマー卿の場合がそうでした。まずご子息とご子息の奥様をカラン湾でお亡くしになりました。昨日のことのように思い出しますな、わしらは夜通し引っ掛け鉤でお二人を捜したんですが、朝になって潮が差してきたとき、三尋の深さのところに寄り添うように二人の死体を見つけました。それから今度は奥様と仲違いなさり、奥様は二度と口をきこうとしませんでした――ええ、死ぬ日までね。ご夫婦はフォーディングに住んどったんですよ――あそこにでっかい屋敷を構えとりましてね」彼は親指で東のほうをさしながらウエストレイに言った。「二十年間、別々の棟に、まるで自分の家みてえにして住んどったんで。それから孫のミスタ・ファインズと喧嘩なさって、家からも土地からも追い出しておしまいになった。もっともお亡くなりになったときゃ、家も土地もお孫さんに残すしかなかったんですがね。このミスタ・ファインズというのがお若い御当主なんでして。外国を渡り歩いて人生の半分を過ごし、まだお戻りじゃないんですよ。もしかしたら戻らないかも知れませんな。殺されたってことも充分ありえます。さもなきゃ、きっと司祭さんの手紙に返事を書いているでしょうから。そう思いませんか、ミスタ・シャーノール」彼は不意にオルガン奏者のほうを振りむき、片目をつぶって見せた。主任司祭が彼の話を鼻であしらったことへの仕返しのつもりだった。
「もうよさないか。そんな話はたくさんだ」と主任司祭が言った。「聞き手が嫌がっているじゃないか」
「彼は口まめな男でしてね」彼はウエストレイの腕を取ると低い声で言った。「しゃべり出すと止まらないのです。サー・ジョージと相談したことは他にもたくさんありまして、われわれがどういう結論に達したのかお話したいのですが、あのおしゃべり男に邪魔されたのが悔やまれますな。視察は明日済ませることにしましょう。今の時期は日暮れが早くて残念です。袖廊の端の窓にはなかなかいい絵ガラスがはめられているんですよ」
ウエストレイが上を見ると、袖廊の端の大きな窓が鈍く光っていた。光っているといっても聖堂の内部に垂れこめる夕闇に比べれば明るいといった程度である。それは垂直様式の時代に造られた大きなもので、幅は壁一杯に広がり、高さもほぼ床から天井まであった。十一の小さな窓に仕切られ、上部に果てしなく細かい石細工を施したこの巨大な窓は、想像力を揺さぶった。縦仕切りと狭間飾りが外に残っている陽の光を受けて黒く浮かび上がり、建築家は補助アーチや狭間飾りの構造を、見取り図を前にしているかのように、楽々と見て取ることができた。日没は日暮れ時の陰鬱な帳を吹き払う夕陽のきらめきをもたらしはしなかったが、単調な灰色の空はまだ充分に明るく、熟練した目には窓の上部にいろいろな形の古いガラスがびっしり填めこまれているのが見えた。半透明の青や黄や赤が古いパッチワークのキルトのように、彩りよく混じり合っているのだ。窓の下の方、両脇の小窓は着色されておらず、幽霊のように白いままだった。しかし中間部の三つの小窓は十七世紀の鮮やかな茶色と紫色に満たされていた。この豊かな色のあちらこちらにメダイヨンが挿入されていて、どうやらそれぞれ聖書の一場面をあらわしているようだった。それぞれの小窓の上部、茨の下には紋章が描かれている。中間部分の上部が全体の構成の中心をなしていて、どうやら銀色の楯の表面を、海緑色の波形線が何本か横切っている図像が描かれているようだった。ウエストレイは変わった色使いとガラスの透明感に注意を奪われた。すべてものが薄ぼんやりと見える中で、そのガラスだけはまるで内側から光を放射しているようだった。彼はほとんど無意識のうちに、これは誰の紋章なのかと尋ねようとして振り返った。しかし主任司祭はちょっと前から彼のそばを離れ、ややへだたった身廊のほうから癇に障る「はっ、はっ、はっ!」が聞こえてきたので、彼はサー・ジョージ・ファークワーと支払い延期の話がまたもや夕闇の中で新たな犠牲者に語られたのだと確信した。
しかし建築家の心の内を明らかに見抜いた者がいた。というのは鋭い声がこう言ったからである。
「それはブランダマー家の紋章だよ。――|雲形線が楯を六つに等分割し《バーリイ・ネビュリー・オブ・シックス》、銀色《アージェント》と緑色《ヴァート》が交互に重なっている」ますます濃くなる夕闇の中、彼のそばに立っていたのはオルガン奏者だった。「こりゃうっかりした。そんな専門用語を使ったってお分かりにならないだろうね。それにわたし自身、紋章なんてこの一つしか知らないんだ。ときどき思うんだよ」彼はため息をついた。「この紋章のことも知らなければよかったってね。あの楯についてはおかしな逸話が幾つかある。たぶんそれ以上に奇妙な話もまだあるんじゃないだろうか。いいにつけ、悪いにつけ、あれはこの聖堂や、この町に何世紀にもわたって刻みこまれてきた。居酒屋にたむろする連中ならみんな『雲形紋章』のことを自分が着ている服みたいにしゃべってくれるよ。カランに一週間もいたら、あんたもあれとはお馴染みになるだろう」
彼の声には、その場にふさわしくないある種の憂愁と真剣さがこもっていた。ウエストレイは奇妙な感じがしてオルガン奏者をじっと見つめた。しかし暗すぎて相手の顔の表情は読み取れなかった。しかもその瞬間、主任司祭が彼らに加わった。
「え、何ですか?ああ、そうです、雲形紋章です。雲形《ネビュリー》というのはラテン語の『ネビュルム』、いや、『ネビュルス』かな、雲を意味する単語から来ていて、あの波打つような帯状の線を指しています。積雲をかたどったものと考えられているんですがね。どうも暗くなりすぎて今晩はこれ以上視察できませんな。しかし明日は一日中ご一緒できますよ。あなたの興味をひきそうなことをたくさんご説明申し上げることができます」
ウエストレイは暗闇のせいで調査が中断したことを残念に思ってはいなかった。聖堂の空気は刻一刻と冷たくねっとりしてくるし、疲れて腹が減り、しかもひどく寒気がした。彼はできることならさっそく下宿を探し、ホテルの高い宿泊費を払うことは避けたいと思っていた。彼の給料はささやかなものでしかなかったし、ファークワー・アンド・ファークワー社は他の会社と比べて決して部下に気前よく旅費を出すほうではなかったのである。
彼は適当な下宿部屋はないだろうかと尋ねた。
「申し訳ない」と主任司祭が言った。「残念ながらわたしの家にお迎えすることができないのですよ。あいにく妻の気分がすぐれないものですからね。わたしはもちろん下宿屋とか下宿屋の経営者なんぞはあまり知らないんですが、しかし、ミスタ・シャーノールが相談にのってくれるでしょう。ミスタ・シャーノールが下宿しているところに空き部屋があるかも知れませんよ。あなたの下宿屋の女主人は尊敬すべきわたしたちの友人ジョウリフさんの親戚だったね、ミスタ・シャーノール。きっと彼女も立派な女性に違いない」
「失礼ですが、主任司祭」教区委員がはるか高位者にむかって用いることができる、ありったけの憤慨をこめた声で言った。「失礼ですが、親戚なんかじゃありませんよ。名前が同じというだけ、あるいはせいぜいのところ、うんと遠いつながりというだけなんですから。これでもキリスト教的寛容の精神を最大限に発揮して我慢して言っているんですがね、わたしたちの側の親族としてはあんな人がいたって、ちっともうれしくないんで」
オルガン奏者は主任司祭がウエストレイを同じ下宿に住まわせてはどうかと言ったとき顔をしかめたが、ジョウリフに下宿の女主人をけなされ頭に来た様子だった。
「あんたの側のどの親族も、わたしの下宿の女主人ほど体裁が悪くはないというなら、大手を振って往来を歩くがいいさ。あんたの売っている豚肉がみんな彼女の貸間くらい上等なら、商売は大繁盛するだろう。さあ、来たまえ」彼はウエストレイの腕を取って言った。「わたしには急に病気になるような連れ合いはない。だからわたしのうちであなたを歓迎してさし上げよう。途中でミスタ・ジョウリフの店に立ち寄って、夕ご飯用にソーセージを一ポンド買っていこうか」
教会事務員は話をしても主任司祭がまともに取り合おうとしないので腹を立てたが、他の人が興味深そうに耳を傾けているのを見て次のようにつづけた。
「そりゃ、この古い塔が倒れるかどうかなんて、わたしにゃ分かりませんし、この先サー・ジョージがお困りになるような事態も望んじゃいませんや。しかし鐘を途中で止めていいことのあったためしがねえんで。先代のブランダマー卿の場合がそうでした。まずご子息とご子息の奥様をカラン湾でお亡くしになりました。昨日のことのように思い出しますな、わしらは夜通し引っ掛け鉤でお二人を捜したんですが、朝になって潮が差してきたとき、三尋の深さのところに寄り添うように二人の死体を見つけました。それから今度は奥様と仲違いなさり、奥様は二度と口をきこうとしませんでした――ええ、死ぬ日までね。ご夫婦はフォーディングに住んどったんですよ――あそこにでっかい屋敷を構えとりましてね」彼は親指で東のほうをさしながらウエストレイに言った。「二十年間、別々の棟に、まるで自分の家みてえにして住んどったんで。それから孫のミスタ・ファインズと喧嘩なさって、家からも土地からも追い出しておしまいになった。もっともお亡くなりになったときゃ、家も土地もお孫さんに残すしかなかったんですがね。このミスタ・ファインズというのがお若い御当主なんでして。外国を渡り歩いて人生の半分を過ごし、まだお戻りじゃないんですよ。もしかしたら戻らないかも知れませんな。殺されたってことも充分ありえます。さもなきゃ、きっと司祭さんの手紙に返事を書いているでしょうから。そう思いませんか、ミスタ・シャーノール」彼は不意にオルガン奏者のほうを振りむき、片目をつぶって見せた。主任司祭が彼の話を鼻であしらったことへの仕返しのつもりだった。
「もうよさないか。そんな話はたくさんだ」と主任司祭が言った。「聞き手が嫌がっているじゃないか」
「彼は口まめな男でしてね」彼はウエストレイの腕を取ると低い声で言った。「しゃべり出すと止まらないのです。サー・ジョージと相談したことは他にもたくさんありまして、われわれがどういう結論に達したのかお話したいのですが、あのおしゃべり男に邪魔されたのが悔やまれますな。視察は明日済ませることにしましょう。今の時期は日暮れが早くて残念です。袖廊の端の窓にはなかなかいい絵ガラスがはめられているんですよ」
ウエストレイが上を見ると、袖廊の端の大きな窓が鈍く光っていた。光っているといっても聖堂の内部に垂れこめる夕闇に比べれば明るいといった程度である。それは垂直様式の時代に造られた大きなもので、幅は壁一杯に広がり、高さもほぼ床から天井まであった。十一の小さな窓に仕切られ、上部に果てしなく細かい石細工を施したこの巨大な窓は、想像力を揺さぶった。縦仕切りと狭間飾りが外に残っている陽の光を受けて黒く浮かび上がり、建築家は補助アーチや狭間飾りの構造を、見取り図を前にしているかのように、楽々と見て取ることができた。日没は日暮れ時の陰鬱な帳を吹き払う夕陽のきらめきをもたらしはしなかったが、単調な灰色の空はまだ充分に明るく、熟練した目には窓の上部にいろいろな形の古いガラスがびっしり填めこまれているのが見えた。半透明の青や黄や赤が古いパッチワークのキルトのように、彩りよく混じり合っているのだ。窓の下の方、両脇の小窓は着色されておらず、幽霊のように白いままだった。しかし中間部の三つの小窓は十七世紀の鮮やかな茶色と紫色に満たされていた。この豊かな色のあちらこちらにメダイヨンが挿入されていて、どうやらそれぞれ聖書の一場面をあらわしているようだった。それぞれの小窓の上部、茨の下には紋章が描かれている。中間部分の上部が全体の構成の中心をなしていて、どうやら銀色の楯の表面を、海緑色の波形線が何本か横切っている図像が描かれているようだった。ウエストレイは変わった色使いとガラスの透明感に注意を奪われた。すべてものが薄ぼんやりと見える中で、そのガラスだけはまるで内側から光を放射しているようだった。彼はほとんど無意識のうちに、これは誰の紋章なのかと尋ねようとして振り返った。しかし主任司祭はちょっと前から彼のそばを離れ、ややへだたった身廊のほうから癇に障る「はっ、はっ、はっ!」が聞こえてきたので、彼はサー・ジョージ・ファークワーと支払い延期の話がまたもや夕闇の中で新たな犠牲者に語られたのだと確信した。
しかし建築家の心の内を明らかに見抜いた者がいた。というのは鋭い声がこう言ったからである。
「それはブランダマー家の紋章だよ。――|雲形線が楯を六つに等分割し《バーリイ・ネビュリー・オブ・シックス》、銀色《アージェント》と緑色《ヴァート》が交互に重なっている」ますます濃くなる夕闇の中、彼のそばに立っていたのはオルガン奏者だった。「こりゃうっかりした。そんな専門用語を使ったってお分かりにならないだろうね。それにわたし自身、紋章なんてこの一つしか知らないんだ。ときどき思うんだよ」彼はため息をついた。「この紋章のことも知らなければよかったってね。あの楯についてはおかしな逸話が幾つかある。たぶんそれ以上に奇妙な話もまだあるんじゃないだろうか。いいにつけ、悪いにつけ、あれはこの聖堂や、この町に何世紀にもわたって刻みこまれてきた。居酒屋にたむろする連中ならみんな『雲形紋章』のことを自分が着ている服みたいにしゃべってくれるよ。カランに一週間もいたら、あんたもあれとはお馴染みになるだろう」
彼の声には、その場にふさわしくないある種の憂愁と真剣さがこもっていた。ウエストレイは奇妙な感じがしてオルガン奏者をじっと見つめた。しかし暗すぎて相手の顔の表情は読み取れなかった。しかもその瞬間、主任司祭が彼らに加わった。
「え、何ですか?ああ、そうです、雲形紋章です。雲形《ネビュリー》というのはラテン語の『ネビュルム』、いや、『ネビュルス』かな、雲を意味する単語から来ていて、あの波打つような帯状の線を指しています。積雲をかたどったものと考えられているんですがね。どうも暗くなりすぎて今晩はこれ以上視察できませんな。しかし明日は一日中ご一緒できますよ。あなたの興味をひきそうなことをたくさんご説明申し上げることができます」
ウエストレイは暗闇のせいで調査が中断したことを残念に思ってはいなかった。聖堂の空気は刻一刻と冷たくねっとりしてくるし、疲れて腹が減り、しかもひどく寒気がした。彼はできることならさっそく下宿を探し、ホテルの高い宿泊費を払うことは避けたいと思っていた。彼の給料はささやかなものでしかなかったし、ファークワー・アンド・ファークワー社は他の会社と比べて決して部下に気前よく旅費を出すほうではなかったのである。
彼は適当な下宿部屋はないだろうかと尋ねた。
「申し訳ない」と主任司祭が言った。「残念ながらわたしの家にお迎えすることができないのですよ。あいにく妻の気分がすぐれないものですからね。わたしはもちろん下宿屋とか下宿屋の経営者なんぞはあまり知らないんですが、しかし、ミスタ・シャーノールが相談にのってくれるでしょう。ミスタ・シャーノールが下宿しているところに空き部屋があるかも知れませんよ。あなたの下宿屋の女主人は尊敬すべきわたしたちの友人ジョウリフさんの親戚だったね、ミスタ・シャーノール。きっと彼女も立派な女性に違いない」
「失礼ですが、主任司祭」教区委員がはるか高位者にむかって用いることができる、ありったけの憤慨をこめた声で言った。「失礼ですが、親戚なんかじゃありませんよ。名前が同じというだけ、あるいはせいぜいのところ、うんと遠いつながりというだけなんですから。これでもキリスト教的寛容の精神を最大限に発揮して我慢して言っているんですがね、わたしたちの側の親族としてはあんな人がいたって、ちっともうれしくないんで」
オルガン奏者は主任司祭がウエストレイを同じ下宿に住まわせてはどうかと言ったとき顔をしかめたが、ジョウリフに下宿の女主人をけなされ頭に来た様子だった。
「あんたの側のどの親族も、わたしの下宿の女主人ほど体裁が悪くはないというなら、大手を振って往来を歩くがいいさ。あんたの売っている豚肉がみんな彼女の貸間くらい上等なら、商売は大繁盛するだろう。さあ、来たまえ」彼はウエストレイの腕を取って言った。「わたしには急に病気になるような連れ合いはない。だからわたしのうちであなたを歓迎してさし上げよう。途中でミスタ・ジョウリフの店に立ち寄って、夕ご飯用にソーセージを一ポンド買っていこうか」